悪い決断に感情が果たす役割 — サンクコストの誤謬

2026-08-24
You already lost the money. Why are you still eating the snack?
出典: The Role of Your Emotions in Bad Decisions — The Sunk Cost Fallacy
今年知った概念のひとつに「サンクコストの誤謬」があります。なかなか面白いので、少し書いてみようと思います。
サンクコストの誤謬とは、投じたものに見合う成果が出ないと分かった後も、それまでに注ぎ込んだ量が大きいというだけの理由で、投資を続けてしまう傾向のことです。つまり、これ以上続けても得より損のほうが大きいと分かっているのに、「ここまでやったのだから」という理由で先へ進んでしまう、ということ。
経済学でいうサンクコスト(埋没費用)は、事業の結果がどう転んでも取り戻せない費用を指します。そしてその費用が「大きい」と少しでも感じられたとき、私たちの感情はその案件に張りついてしまう。行き止まりだと分かっていながら、なんとか帳尻を合わせようとさらに注ぎ込む——そういう悪い判断が、ここから生まれます。
たとえば、食べたことのない高いお菓子を買ったとします。二口目で、これはひどい味だと気づく。ここは最終消費者の座をゴミ箱に譲るのが賢明なのですが、お金のことを思うと惜しくてたまらず、結局その日一日、口の中に妙な味を残して過ごすことを選んでしまう。
では、なぜ人はそんなことを自分に強いるのでしょうか。
なぜそうなるのか
ひとつは、すでに触れたとおり、投じたもの——もはや取り返しのつかない損失——に感情的に結びついてしまうからです。罪悪感、悲しみ、後悔。論理が「これは無駄だ」と宣告したものを手放すことを、こうした感情はひどく難しくします。
もうひとつは、良いことが起きる確率を高く見積もり、悪いことが起きる確率を低く見積もる癖です。自分には悪いことより良いことのほうが多く起こるはずだ、と思っている。自分はいい人間だからかもしれないし、自分こそ幸運の女神の隠し子だと信じているからかもしれません。これを楽観バイアスと呼びます。
「なぜ」のリストの最後は、人は利益を得ようとするよりも損失を避けようとする生き物だ、という事実です。多くの人にとって、失う痛みは得る喜びよりずっと大きい。だから、注ぎ込んだものがすべて失われたように見える状況では、その損を取り返そうと動いてしまう確率が高くなります 。
目的は、その痛みを感じないでいることです。そしてそれは、最初の「感情的な結びつき」に話を戻します。感情は人を思い込みへ導き、その思い込みが楽観バイアスを育てる。理由同士がぐるぐると絡み合っているわけです。
三つのこと
大事なのは次の三点です。ひとつ、サンクコストの誤謬において最も大きな役割を果たすのは感情であること。ふたつ、サンクコスト状況でよりよい判断を下すとは、感情と戦うことにほかならないこと。みっつ、感情は論理を持たないくせに、手強い相手であること。
とはいえ、感情の手綱を握ることは大切です。感情と論理は必ずしも同じ方向を見ていませんから、いつも感情を羅針盤にしていると、綱渡りを続けることになります。自分の気持ちで目が曇っていると感じるなら、その件に感情的な利害を持たない誰かに助言を求めるのが賢明でしょう。
もうひとつの手は、その幸運を別の場所に振り向けたらどれだけの見返りがあるかを考えてみることです。行き止まりの道を進み続けることで、もっと良い結果につながったかもしれない何かを、自分は取り逃がしているのではないか——そう自問してみる。
だから
だから、五年連れ添った相手と別れてもいいのです。三年目に、選んだ専攻が間違っていたと気づいたなら、最初からやり直してもいい。千五百円払ったからといって、まずい食べ物を無理に飲み下す必要もありません。
手放すこと、負けを認めることは、いつも失敗を意味するわけではない。それは時に、昨日の間違いの代金を明日まで払い続けるのを、きっぱりやめるということなのです。