言葉にできない、ということ

2026-08-16
Silence is not the same as having nothing to say
出典: cursed are those who can’t explain what they feel
感じていることを説明できない人は、呪われている。心の言語には、味方がいない。
世界には、そういう人がいる。よく見て、よく気づいて、深く感じる人。ある言葉の本当の意味をたしかめるためだけに、海の底まで潜っていくような人。音はぜんぶ拾えるのに、その一音すら人に手渡せない。海を丸ごと感じ取っておきながら、口から出てくるのは一滴ぶんの説明で、ときにはその一滴すら出てこない。
これが呪いなのかどうか、私にはわからない。ただ、そのせいで人生の道を見失ってしまったような気がすることが、たまにある。
いつだったか、こんな一文を読んだ。「自分の気持ちを説明できないなら 、あなたには何の価値もない」。読んだ瞬間、内側が裂けた。
誰かが腕を引いて、全部話してしまえと言っている。同時に、背中を押して遠ざけようとする何かがいる。そして勝つのは、いつも後者だ。この痛みは、通ってきた人にしかわからない。
何かがおかしい、と気づいているのに、それが何なのかがわからない。あの感覚。自分にすら説明できない。頭を蹴りつけるようにして探しても、名前は出てこない。そうしているうちに、気づけば自分を壊していくものの一部になっている。
十の感情が同時に押し寄せてきて、そのひとつにも名前をつけられない。心は深いのに、脳がそのこぼし方を知らない。
この世界で、心の中身を気にかける人はいない。誰もが評価するのは頭の美しさであって、心の深さではない。深さは測りにくく、美しさは人の目を奪いやすいからだろう。
「大丈夫」と、何百回も言ってきた。本当に大丈夫だからではない。「大丈夫じゃない」を説明するほうが、ずっと難しいからだ。心は言葉を抱えこんでいるのに、唇はここでも仕事をしてくれない。「わからない」は、口に出しにくく、誤解されやすく、そして他人にとっては何の意味も持たない言葉だ。
無力さというのは、「……ごめん、うまく説明できない」としか言えないときのことを言う。相手は何度も聞いてくる。何があったのか、心の中で何が起きているのか。それでも答えられない。自分の語彙の中から、ふさわしい言葉が一つも見つからないから。
心にまつわるものは、いつだっていちばん大切で、いちばん呪われている。魂にとって特別だから、手元に抱えこんでおく。それでもいつか、誰かに渡さなければならない日が来る。そのころにはもう、言葉にする力を失っている。
蛇に噛まれるようだと思うのは、この一点だ。理解されたいのに、自分を説明できない。感情はある。言葉もある。語彙だってある。ただ、それを外に出す力だけが、最初から手元になかった。
説明できないということは、悲しみであり、孤独であり、喪失であり、呪いであり、無力さであり、渇きであり、混乱であり、沈黙だ。
でも、これだけは覚えておいてほしい。それは、語ることが何もないのとは違う。まったく違う。ただ自信がないだけだ。ふさわしい人たちに囲まれてこなかったせいで。あるいは、その意味をまだ受け取れずにいるせいで。
ここでもまた、カフカが勝つ。
私はあなたに理解させることができない。自分の中で何が起きているのか、誰にも理解させることができない。自分自身にさえ、説明できない。
—— フランツ・カフカ