AIは一世代まるごと仕事を奪う

2026-09-30
Why AI's Real Threat Isn't Lost Jobs, but Lost Apprenticeships
出典: AI is Going to Put a Whole Generation Out of Work
数週間前、法務省(MinLaw)の組織計画セミナーでAIについて話しました。その1週間ほど前には、MGS(メソジスト女子学校)でも同じテーマで講演しています。まさにAIは今年の流行りの話題です。
私のAI観をひと言でいえば、「確かに中身はある。ただし誇大宣伝とFOMO(取り残されることへの恐怖)もかなり大きい」というものです。
この3年間のAIの進歩は、まさに息をのむほどでした。今目の前で起きていることは、かつての私なら「自分が生きているうちには無理だろう」と思っていたレベルです。
とはいえ、AIがこのままAGI(汎用人工知能)に到達するとは、私はあまり思っていません。もちろん、私の見立てが外れる可能性も十分にあります。
現時点での私の予想はこうです。技術はいずれ頭打ちになり、「第三のAIの冬」が訪れ、株式市場は暴落する。そして、世の中はそのまま進んでいく。
本稿では、ここ数年、教育分野でAIに取り組んできた中で学んだこと、考えたことをまとめてみたいと思います。
生産性という幻想
多くのリーダーや経営者が焦りを感じ、AIの導入を急ごうとしています。しかし実際のところ、AIの普及は思われているほど速くも広くもありません。しかも、生成AIの試験導入のおよそ95%は失敗に終わっているとも報じられています。
では仮に、導入の壁を乗り越えて組織全体にAIツールを行き渡らせることができたとして、現実的にどれほどの生産性向上が見込めるのでしょうか。不都合な真実を言えば、AIを何も考えずに使うだけでは、得られるのはせいぜい小幅な改善です。ソフトウェア開発の分野でも、生産性の向上は30%程度にとどまっています。
社員にAIアシスタントを渡して「好きに使っていいよ」と言えば、ほとんどの人は下書きを早く書いたり、メールを要約したり、会議のアジェンダを作ったりするのに使うでしょう。それも無意味ではありませんが、大勢を動かすほどのものではありません。
いわゆる「10倍」「100倍」の生産性向上を実現するには、仕事のやり方そのものを根本から変える必要があります。業務フローを意図的に設計し直し、各分野の専門知識と深く統合し、さらにAIをうまく使いこなせる人材も必要になります。
ここには大きな課題が二つあります。一つは、やり方を変えること自体にリスクが伴うこと。もう一つは、最適な業務フローはAIの能力次第で変わるのに、そのAI自体がまだ発展途上で安定していないことです。
前者に対処するには、新しいやり方を試し、それが本当に機能し、リスクも管理できていることを確かめる時間が必要です。後者については、AIツールが落ち着くのを待つしかありません。
そういう意味で、私は急ぐ必要はまったくないと考えています。様子を見て、うまくいっている人たちのやり方を真似すればいいのではないでしょうか。真似をすることは、何も恥ずかしいことではありません。
「AIスキル」という神話
AIブームへの反応として最もよく聞かれるのが、「誰もがAIスキルを身につけるべきだ」という声です。「人はAIに仕事を奪われるのではない。AIをうまく使える人に仕事を奪われるのだ」という言い回しもよく耳にします。
私に言わせれば、これはほぼ戯言です。AIスキルなど存在しない、と言いたいわけではありません。実際、ClaudeをはじめとするAIツールは、FacebookやGoogleと違って、決して簡単に使いこなせるものではありません。
ただ、こうしたツールは今後ますます身近になり、使いやすくなっていくはずです。そうなれば、そこそこ良いプロンプトを書ける能力など、守り続けられる競争優位にはなりません。
本当に長く価値を持ち続けるのは、もっと身につけるのが難しく、教えるのも難しいもの――つまり、優れた判断力と深い専門性、いわゆる「センス」です。
AIを使えば必ず生産性が上がる、というのも神話です。私の考えでは、AIは「増幅器」です。優秀な人はさらに優秀になりますが、そうでない人は「AIスロップ」と呼ばれる粗悪なアウトプットを量産し、いずれ職を失うことになるでしょう。
そもそも、Word や Excel、Google の使い方を習うために講座に通った人がどれだけいるでしょうか。
ほとんどの人は講座など受けずに、いつの間にか使えるようになりました。AIもおそらく同じだと思います。
いずれClaudeは、誰もが毎日なにも考えずに使う道具になるでしょう。毎日パソコンに感謝しながら使っている人など、いないのと同じことです。
「ネバースキリング」の脅威
経験を積んだ専門家が、能力を使わなくなることでそれを失ってしまう「デスキリング(技能の喪失)」を懸念する声があります。しかし私は、もっと広く注目されるべき、より大きな脅威があると考えています。それが「ネバースキリング(技能が最初から身につかないこと)」です。
最近『Nature Medicine』に掲載された論考(Ke et al., 2026)は、医学生や研修医が臨床教育の形成期にAIに頼ったら何が起きるのか、と警鐘を鳴らしています。問題はデスキリングではありません。もっと根本的な問題、つまり、最初からAIに頼った研修生は、より高度な専門技能を習得するための土台となる思考力を、そもそも身につけられないかもしれない、という点です。
この論文はさらに、ネバースキリングと関連する「ミススキリング(誤った技能の習得)」という現象も区別しています。AIの出力を無批判に受け入れることで、誤った知識を事実として身につけてしまうことです。どちらも非常に深刻ですが、後者については、AIが進化してハルシネーション(もっともら しい誤情報の生成)の問題が解決されれば、懸念は小さくなっていくと私は考えています。
論文は医学教育に焦点を当てていますが、このリスクはあらゆる初学者に当てはまるはずです。宿題をすべてAIに丸投げした生徒が何も学ばないのは、当然のことでしょう。
さらに恐ろしいのは、研修生が「自分が何を知らないのか」すら分かっていない可能性があることです。そしていつか、AIが使えないとき、あるいはAIが間違えたときに、取り返しのつかないことが起きる。医療であれば、人の命に関わります。
AIの利用が生徒の学びに悪影響を与えているという証拠も増えています。AIを使って学びをどう良くするかを考えるより、この先数年は、AIの普及によって子どもたちが愚かになるのをどう防ぐかにこそ、もっと多くの時間と労力を割くべきです。
入門職とキャリアの階段の崩壊
この記事のタイトルは、あえて刺激的にしました。要するに「釣りタイトル」です。
それでも、AIが大量の失業を引き起こすという懸念は現実のものだと思っています。
電気や蒸気機関のような技術革新が登場したときにも同じ不安は語られた、だからAIだけが特別だと考える理由はないし、新しい仕事も生まれるはずだ――そう主張する人もいます。
しかし、「産業革命で仕事はなくならなかったのだから、今回も大丈夫だ」という議論は不誠実です。
今回のAIの進歩が起きる以前から、世界経済はすでに供給過剰の問題を抱えていました。製造業はあまりに効率化・低コスト化が進んだため、シンガポールのような高コストの国では成り立たなくなり、サービス業へと移行しました。その上でAIは、ホワイトカラーの仕事を大量に消し去ろうとしています。自動運転車は、今後20年のうちにシンガポールのタクシーやライドシェアの運転手およそ7万人の仕事を奪うでしょう。
たしかにAIによって新しい仕事は生まれます。でも、仕事を失った人たちが本当にその新しい仕事に移っていけると、私たちは本気で信じているのでしょうか。
AIはキャリアの階段にも混乱をもたらしています。入門レベルの仕事は、単なる安い労働力の供給源ではありません。学校を出たばかりの若者が「大人になる」ための大切な場でもあるのです。
入門職とは、いわばキャリアにおける見習い期間です。新卒の若者はそこで、職業人としての判断力や良い仕事の習慣を身につけていきます。
ところが残念なことに、AIの登場によって新卒を入門職に採用する魅力は薄れてしまいました。これは企業が人件費を削りたいという話ではありません。現場で実際に起きているのは、中間管理職にとって、新人の仕事をチェックして直すより、AIで作ってしまうほうが効率的だという現実です。
AIのほうが安いという話だけなら、まだ単純だったかもしれません。しかし実際には、中間管理職が未熟な新人の相手をする心理的な負担を負いたくない、という問題でもあるのです。
入門職の空洞化は、ソフトウェア開発の分野だけにとどまらないでしょう。今後ますます広がり、最終的にはあらゆるホワイトカラーの職種に影響が及ぶはずです。
燃え尽きのリスク
AIの利用拡大には、まだ十分に注目されていないリスクが二つあると私は考えています。
一つ目。定型的で単純な 仕事をすべてAIが引き受けるようになったら、人間には何が残るのでしょうか。基本的には、例外対応、特殊なケース、あいまいな状況、政治的に微妙な案件、あるいはまったく前例のない問題です。本来、仕事には簡単なものと難しいものが混ざっていて、合間に「楽な」作業で一息つくことができました。それがなくなり、厄介で気の重い問題ばかりに四六時中向き合うことになるのです。
二つ目。先ほども触れたように、AIがいつも良い仕事をするとは限りません。仕事のできない人がAIを使っても、質の低い成果物しか生まれません。ただ、それが格段に速く量産されるようになるだけです。
気の毒な中間管理職は、昔から彼らの「後始末」という損な役回りを担ってきました。これからは、押し寄せるAIスロップにもっと速いペースで埋もれていくことになるでしょう。
AIによって生活の質が上がるとは、必ずしも言えないと思います。人によっては、AIは産業規模の燃え尽きを招くものになりかねません。
私たちはAIが生み出す仕事についてよく語ります。しかし、その仕事に実際に就いたとき、どんな日々が待っているのかについても、もっと真剣に考える必要があります。
凡庸さへの収束
大規模言語モデル(LLM)は、技術的に言えば、人間が生み出した膨大なデータの「平均」を出力するように訓練されています。人類がこれまで集合的に生み出してきたものと大きく食い違わない文章(あるいは画像やコード)を出すよう最適化されているわけです。
多くの人がAIの出力を質が高いと思っていることに、私は正直かなり驚いています。私から見れば、AIが書く文 章はかなり不自然で、出来の悪いものです。
卓越するには、平均とは違う(そして平均より優れた)ことをしなければなりません。そこで必要になるのがセンスです。本当に良いものを見分け、オリジナルと模倣を区別し、技術的には正しくても「何かが違う」と気づける――そういう、磨かれた感覚のことです。
センスは簡単には身につきません。正直に言えば、どうすれば身につくのか私にもはっきりとは分かっていません。おそらく、深く触れ続けること、意識的に鍛錬すること、そして本物の達人のそばで実際の仕事をしてこそ得られる厳しいフィードバックが必要なのだと思います。
深い技能を教え、学ぶうえで最も効率的な方法は、徒弟制度だと私は考えています。
私が懸念しているのは、人々がAIの生み出すものに慣れていくにつれて、「良いもの」に対する社会全体の期待値が少しずつ下がっていくことです。
「そこそこで十分だ」という感覚に人々が慣れきってしまい、やがて社会全体が凡庸さへと収束していくのではないでしょうか。
AIは格差を大きく広げる
最後に、私が最も懸念していることについて述べます。
富の格差、つまり金持ちはますます豊かになり、貧しい人はますます貧しくなるという話は、すでに盛んに語られています。AIはこの格差を、私が「習熟の断絶」と呼ぶものによってさらに広げるでしょう。
AIが力を何倍にもするものだとすれば、AIが加速させるのは、本物の専門性と確かな判断力、そして学び続ける力を持った人たちです。彼らはこれまで不可能だったことを、想像もできなかったスピードで成し遂げられるよ うになります。「一人ユニコーン企業」の台頭が、まさにそれを物語っています。
一方で、本当の専門的な力を身につけていない人や、仕事の中でどうやって力をつければいいのか分からない人にとっては、それがますます難しくなります。仕事を見つけることも、続けることもできなくなるでしょう。
これは、今ある格差がゆるやかに広がるという話ではありません。もっと急激で、元に戻すのが難しい変化が起きる可能性が高いのです。
AIリテラシー教育は、どれほど善意からのものであっても、この溝を埋めるには不十分だと思います。必要なのは、従来の徒弟制度が崩れつつある世界で、専門性をどう育てるのかを根本から考え直すことです。
おわりに
ChatGPTが初めて登場したとき、私たちは学生にそれを使わせるべきかどうかを議論していました。今やその問いには意味がありません。私たち教員は、子どもたちが当然のようにGPTを使える前提で、どうすれば自分の仕事を一番うまくやれるかを考えなければならないのです。
同じように、AIはもう瓶に戻せない魔人です。チャンスは本物ですが、リスクもまた本物です。
私が心配しているのは、AIの導入をめぐって全体的に熱狂と焦りが行き過ぎている一方で、害をどう防ぎ、副作用をどう和らげるかについては、十分に考えられていないことです。
AIがスキルや専門性そのものを破壊したり、スキルの価値を下げたりすることはないかもしれません。しかし、専門性を生み出す仕組みである徒弟制度を壊してしまう可能性はあります。また、AIは能力の足りないホワイトカラーの弱点をあらわにし、彼らの職を奪うことになるでしょう。
とはいえ、今の段階で誰か、あるいは政府に、すべての答えを求めるのは酷だと思います。AIはまだ進化の途中で、ゴールポストは今この瞬間も動き続けているのですから。
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※本稿の執筆には、実験としてClaudeを使ってみました。結果はうまくいかず、ほぼすべての文を書き直す羽目になりました。それでも、文法ミスや誤字の洗い出しには、ClaudeとGPTの両方を使っています。もしまだ文法の誤りや誤字が残っていたら、Claudeのせいです。私の経験では、LLMは文章を一から生み出すことよりも、文章を磨いたり「バグ」を直したりするアシスタントとして役に立ちます。批評やフィードバックを求めると、参考になるヒントや提案を返してくれることがよくあります。