中世の象が教えてくれる、私たちの「見たいものを見る」という病
2025-11-17
When Medieval Elephants Reveal Modern Blindness
出典: The Accountability Problem
扉絵: ケンブリッジ大学の歴史的な建築物に囲まれたRiver Cam。800年以上の歴史が流れる川面に、今も学生たちのパントが浮かぶ。
あなたが見ているのは、本当に「象」ですか?
2025年10月、ケンブリッジ。800年以上の歴史を持つこの学術都市で、James Shoreは興味深い問いかけから講演を始めました。
「これらの絵を見てください。何が見えますか?」
13世紀のヨーロッパで描かれたこれらの「象」。現代の私たちが見ると、思わず吹き出してしまいます。ラッパのように広がる鼻、イノシシのような牙、毛むくじゃらの体、そして時には膝さえない足。背中には城の塔が載っていて、騎士が立っている—まるでファンタジー小説に出てくる架空の怪物のようです。
「中世の人々は無知だったんだな」
そう思った瞬間、あなたは罠にかかっています。
同じ時代、二つの真実
では、こちらの絵はどうでしょうか。
同じ13世紀、イギリスのコーパス・クリスティ・カレッジに保管されているこの写本には、驚くほど写実的な象が描かれています。現代の動物図鑑に載っていてもおかしくないほど正確な描写です。象に付き添う人物のスケッチまで添えられており、実際に観察して描いたことがうかがえます。
同じ時代、同じヨーロッパで、なぜこれほど違う「象」が描かれたのでしょうか?
答えは単純です。彼らは違うものを描いていたからです。
象ではなく、神を描く
中世の修道士たちにとって、絵は必ずしも「見たままを写す」ものではありませんでした。宗教と隠喩が生活の中心にあった彼らにとって、絵は道徳的な教訓を伝える手段でした。
左側の奇妙に見える象の絵をよく見てください。城塔の中の騎士、戦闘シーン、そして下段には他の動物たちとの関係が描かれています。これは動物図鑑ではなく、「ベスティアリ」と呼ばれる道徳的寓話集の一部なのです。
象という異国の巨大な生き物は、神の創造の偉大さ、人間の小ささ、そして信仰の重要性を語るための器でした。写実性よりも、メッセージが重要だった。それが彼らの「正解」だったのです。
現代の「象」を見誤る私たち
この話を聞いて「なるほど」と思ったあなたも、実は日々、同じような誤解をしています。
例えば、こんな経験はありませんか?
- エンジニアの仕事を「コードを書くこと」だと思っている
- 営業の仕事を「話すのが上手いこと」だと思っている
- デザイナーの仕事を「きれいな絵を描くこと」だと思っている
- マネジメントの仕事を「指示を出すこと」だと思っている
これらはすべて、表面的な活動を見て、その本質を理解したと思い込んでいる例です。中世の象の絵を見て「無知だ」と笑うのと、何が違うでしょうか?
ソフトウェア開発という「異国」
James Shoreは講演でこう続けます。
「ソフトウェア開発は異国である。我々は違うことをする」
ビジネス側の人々は、ソフトウェア開発を「大きな宿題」のように見ています。要件を正確に定義すれば、正解にたどり着ける。スケジュールを引いて、その通りに進めれば完成する。遅れているなら、もっと頑張ればいい。
でも実際のソフトウェア開発は、探索と発見のプロセスです。作りながら学び、学びながら方向を修正し、チーム全体で複雑な問題を解決していく創造的な活動です。コミュニケーション、フィードバック、シンプルさ、勇気、そして尊重—これらが本質なのです。
この認識のギャップこそが、多くの組織でソフトウェアプロジェクトが失敗する根本原因となっています。
あなたの「象」は何ですか?
私たちは皆、自分の経験と知識というレンズを通してしか世界を見ることができません。そして、そのレンズが歪んでいることに気づくことは、とても難しい。
大切なのは、相手にとっての「正解」が、自分の「正解」とは違うかもしれないという謙虚さを持つことです。
中世の修道士たちは、無知ではありませんでした。彼らは彼らの文脈において、完璧に正しい仕事をしていたのです。ベスティアリの象は、神の教えを伝えるという目的を見事に果たしていました。一方、Matthew Parisは歴史を記録するという別の目的のために、正確な象を描きました。
どちらも「正しい」のです。目的が違うだけなのです。
偏見を超えるために
次にあなたが「これはおかしい」「なんでこんなことをしているんだ」と思ったとき、一度立ち止まってください。
- その人たちにとっての「成功」とは何か?
- 彼らが大切にしている価値観は何か?
- 自分が見落としている文脈はないか?
800年前のケンブリッジで、修道士たちが描いた象。その奇妙な姿は、私たちに教えてくれています。真実は一つではないということを。そして、自分の見ている「象」が、唯一の正しい象だと思い込むことの危険性を。
あなたが今見ている「象」は、本当に象ですか? それとも、あなたが見たいと思っている何か別のものですか?
「過去は異国である。彼らは違うことをする」― L.P. Hartley
そして現在もまた、誰かにとっては異国なのです。